2022.8.28

好きなものを突然きらいにならなくてはいけなくなったら、わかりました、きらいになります、と切り替えられるひとはどれくらいいるんだろう。わたしはぜんぜん気持ちの整理ができなくて、2ヶ月以上経ってもまだ引きずっている。

わたしがフェミニズムなんて学んでいなければ、意識していなければ、あんなツイートもしなかったしそもそも歌詞が気になったりあのストーリーに引っかかったりもしなかっただろう、そのまま何の疑問も持たず好きでいられたんだろうな。でもわたしはフェミニズムを学んでしまったし、だからもやっとすることをいくつも見つけてしまって、心底好きなものを、フェミニズムを学ぶ人間としてなんの迷いもなく好きだと言うことはできなくなってしまった。フェミニズムを学ぶ人間というかたちでそのなかに閉じ込められて、それでもそこから手を伸ばしてしまうくらいにはその好きなものが好きだった、フェミニズムなんて学ばなければ嫌いにならなければならないきっかけも生まれなかった。知らなければよかったなにも知らないままで、何も考えないまま好きでいたかった。

誰も助けてくれない、じぶんでじぶんを助けるしかないとき、ひとには頼れないとき、ずっとそばにあった。べつに音楽なんて他にもたくさんあるし、他にも好きなアーティストはいる、探せば似ている音楽だって見つかるんだろうけど、他のアーティストのライブに行くたび、たのしい気持ちと同時に、indigo la Endのライブで感じる高揚や動揺や苦しさや快楽はそこにはないことにも気がついて、途方に暮れていた。

きらいになれるならなりたいけれどなれないし、でも許せないと、正しいことだけ考える心では思っている、いまさら声高に好きだともいえなくなってしまって、わたしは、わたしじしんの思考の渦に囚われて抜け出せない。