川上未映子と多和田葉子

青木は、雪国、という昔の日本の小説の、<国境の長いトンネルを抜けると雪国であった>、という書き出しをお母さんに見せて、この文章の主語はなんだと思いますかと聞いたのです。これは、とても素敵な文章で、この文章だけは他の国の言葉にはうまく訳せないのだと、青木は笑いながらいいました。

わたしは、あんな、ゆ、雪国な、雪国のな、あの主語のことが、わたしわかってん、(中略)雪国ゆうたら雪国やんか、あの最初んとこのあの主語が電車でも列車でもなくて、雪でもトンネルでもなくてって、ほんなら何やろうかってわたしら話したやんか。

___川上未映子『わたくし率 イン 歯ー、または世界』

金谷さんは、日本語文法を論じる時によく引き合いに出されるという川端康成の『雪国』冒頭の文章とその英訳を使ってある実験をしている。「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」という日本語原文の文章を読んで絵を描けと言われ、日本語を母語とする人は、まず暗い汽車の窓の絵、次に雪景色の見える窓の絵を描く。一方、E・サイデンステッカー氏の名訳「The train came out of the long tunnel into the snow country.」という文を英語話者に見せて絵を描いてもらうと、トンネルから出てきた汽車を上空から描いたと言う。

___多和田葉子『言葉と歩く日記』

 

読んだときにすこーんとつながったもの実際に書いて並べてみたら面白いのはきっとわたしだけなのでありました。雪国の主語の話をしているという繋がりがあるだけ。

 

七月は、愉しい食事会があったのだった。小説家の多和田葉子さんがドイツから帰国されていて再開。新潮社の編集者の方おふたりと、四人で銀座で待ちあわせ。地下鉄からあがると夏の空を肩にしょって三人のきらめかんばかりの笑顔が見えたのでとてもうれしい予感がした。

(中略)

ドイツに遊びに行く約束をして、地下鉄の階段を降りてゆく多和田さんを見送って手をふった。多和田さん! と何度も声をかけたくなってしまうので、二度だけ呼んで、がまんしてやめた。

___川上未映子「七月、コールド・チョコレート」『発光地帯』

 

久しぶりに川上未映子を読んだらしょっぱなから川上未映子特有の文章炸裂していてにっこり。春にたくさん読んでいて、でも最近は突然松浦理英子ばかり読んでいたので離れ気味だったけれど、戻ってみるとやっぱり好き。わたしはずっと川上未映子になりたいと言っていて、多和田葉子との対談で「ゴットハルト鉄道」を全部書き写したと言っていたので、わたしも書き写して川上未映子になる〜! と思っていたけれど、読んでみたらそんな気にはならなかったし同じ本(講談社文芸文庫『ゴットハルト鉄道』)に収められている「無精卵」の方が好きだった。なむ。

 

今日江國香織の『東京タワー』を読み返して、初読のときから変わらず由利が好きだなあと思った。美丘に似てる。川上未映子をいいなと思うのにも似たものがあって、わたしは奔放なにんげんになりたいのだろうなあ

 

 

 

 

追記

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次うつになったときはこれを読み返す(打つのが面倒だったので書き写しの写真)。やっぱりわたしは川上未映子に助けられるのだなあ